- ✓ 免疫性・感染性神経疾患は、脳・脊髄・末梢神経などに影響を及ぼす多様な疾患群です。
- ✓ 多発性硬化症や重症筋無力症は代表的な自己免疫性神経疾患であり、早期診断と適切な治療が重要です。
- ✓ 感染性神経疾患は、ウイルスや細菌などによって引き起こされ、迅速な対応が予後を左右します。
免疫性・感染性神経疾患は、私たちの神経系に影響を及ぼす複雑な病態の総称です。これらの疾患は、自己免疫反応や病原体の感染によって引き起こされ、脳、脊髄、末梢神経、筋肉などに様々な症状をもたらします。適切な診断と治療が、患者さんの生活の質を大きく左右するため、その理解は非常に重要です。
多発性硬化症(MS)とは?

多発性硬化症(Multiple Sclerosis; MS)は、脳や脊髄、視神経といった中枢神経系のあちこち(多発性)に炎症が起こり、神経を覆うミエリン鞘が破壊される(脱髄)ことで、神経伝達が障害される自己免疫疾患です。症状は多岐にわたり、再発と寛解を繰り返すことが特徴です。
多発性硬化症の主な症状と診断基準
多発性硬化症の症状は、病変が起こる部位によって異なります。代表的な症状としては、視力低下や複視(ものが二重に見える)、手足のしびれや脱力、歩行障害、平衡感覚の異常、排尿障害、疲労感などが挙げられます。これらの症状は、急に出現したり、徐々に悪化したりすることがあります。診断は、問診や神経学的診察に加え、MRI検査で脳や脊髄の病変を確認し、髄液検査で炎症の有無を評価するなど、複数の情報に基づいて行われます。国際的な診断基準であるMcDonald診断基準が広く用いられています。
多発性硬化症の治療法と予後
多発性硬化症の治療は、急性期の炎症を抑える「急性期治療」と、再発を予防し病気の進行を遅らせる「疾患修飾療法(Disease Modifying Therapies; DMT)」に大別されます。急性期治療では、ステロイドパルス療法が一般的です。DMTには、インターフェロン製剤、経口薬、点滴薬など様々な種類があり、患者さんの病状や重症度に応じて選択されます。近年、新しいDMTが多数登場しており、治療選択肢が広がっています。筆者の臨床経験では、DMTを早期に開始することで、再発の回数や重症度が減少し、長期的な予後が改善するケースを多く経験しています。特に、発症早期に診断に至り、適切なDMTを開始できた患者さんでは、数年経っても日常生活に大きな支障なく過ごされている方が少なくありません。しかし、治療効果には個人差があり、副作用のモニタリングも重要です。実際の診療では、「この治療薬はどれくらい効果がありますか?」「副作用はどんなものがありますか?」と質問される患者さんも多く、個別の状況に応じた丁寧な説明を心がけています。また、リハビリテーションも重要な治療の一部であり、症状の軽減や生活の質の維持に貢献します。
多発性硬化症と鑑別すべき疾患
多発性硬化症と似た症状を示す疾患として、視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)やミエリンオリゴデンドロサイト糖タンパク質(MOG)抗体関連疾患などがあります。これらは以前はMSの一種と考えられていましたが、近年ではそれぞれ異なる病態であることが明らかになり、治療法も異なります。正確な診断のために、特定の抗体の有無を調べる検査が重要です。実臨床では、これらの疾患の鑑別が非常に重要であり、特に抗アクアポリン4抗体や抗MOG抗体の測定は、診断と治療方針決定に不可欠です。
多発性硬化症の診断は専門的な知識と経験を要します。症状に心当たりのある場合は、自己判断せずに神経内科専門医の診察を受けることが重要です。
重症筋無力症(MG)とは?
重症筋無力症(Myasthenia Gravis; MG)は、全身の筋肉の力が低下する自己免疫疾患です。特に、体を動かすと症状が悪化し、休息すると改善するという特徴的な日内変動が見られます。神経と筋肉の接合部(神経筋接合部)において、神経から筋肉への信号伝達が障害されることで発症します。
重症筋無力症のメカニズムと症状
重症筋無力症の多くは、アセチルコリン受容体に対する自己抗体が産生されることで起こります。この自己抗体が、神経筋接合部にあるアセチルコリン受容体を破壊したり、機能させなくしたりすることで、神経からの指令が筋肉にうまく伝わらなくなり、筋力低下が生じます。主な症状は、眼瞼下垂(まぶたが下がる)、複視(ものが二重に見える)といった眼の症状から始まることが多いですが、嚥下障害(飲み込みにくい)、構音障害(話しにくい)、手足の脱力、呼吸筋の麻痺など、全身に及ぶことがあります。特に呼吸筋の麻痺は、命に関わる「クリーゼ」と呼ばれる重篤な状態を引き起こす可能性があります。
- アセチルコリン受容体抗体
- 神経筋接合部において、神経伝達物質であるアセチルコリンが結合する受容体。重症筋無力症の患者さんの約85%でこの受容体に対する自己抗体が検出されます。
- クリーゼ
- 重症筋無力症の症状が急激に悪化し、特に呼吸筋の麻痺によって呼吸困難に陥る緊急性の高い状態を指します。
重症筋無力症の診断と治療アプローチ
診断は、特徴的な症状と日内変動、テンシロンテスト(エドロホニウムという薬剤を注射し、一時的に筋力改善が見られるかを確認する検査)、神経伝達速度検査、そして血液検査による自己抗体(アセチルコリン受容体抗体、MuSK抗体など)の検出によって行われます。胸腺の異常(胸腺腫や胸腺過形成)が関連することも多いため、胸部CT検査も重要です。
治療は、症状を和らげる対症療法と、自己免疫反応を抑える根治療法に分けられます。対症療法としては、コリンエステラーゼ阻害薬が用いられます。根治療法としては、ステロイドや免疫抑制剤、免疫グロブリン大量静注療法、血漿交換療法などがあります。また、胸腺腫がある場合や、胸腺過形成が疑われる場合には、胸腺摘除術が検討されます。日常診療では、患者さんから「まぶたが下がってきて、夕方になると特にひどくなります」「食事中にむせることが多くなりました」といった訴えをよく聞きます。筆者の臨床経験では、早期に診断し、適切な治療を開始することで、症状が安定し、クリーゼを回避できるケースがほとんどです。特に、胸腺摘除術が奏功し、薬の量を減らせる患者さんもいらっしゃいます。治療の選択肢が多岐にわたるため、個々の患者さんの病態や生活背景を考慮したテーラーメイドの治療計画が重要になります。
感染性神経疾患とは?

感染性神経疾患は、細菌、ウイルス、真菌、寄生虫などの病原体が中枢神経系や末梢神経系に感染することで引き起こされる疾患群です。これらの疾患は、迅速な診断と適切な治療が予後を大きく左右するため、特に注意が必要です。
感染性神経疾患の種類と原因
感染性神経疾患には様々な種類があります。代表的なものとして、脳炎、髄膜炎、脊髄炎、神経根炎、脳膿瘍などがあります。原因となる病原体も多岐にわたります。
- ウイルス性脳炎・髄膜炎: ヘルペスウイルス、日本脳炎ウイルス、エンテロウイルス、HIVなどが原因となります。特にヘルペス脳炎は重篤な経過をたどることが多く、早期診断・治療が不可欠です[3]。
- 細菌性髄膜炎: 肺炎球菌、インフルエンザ菌、髄膜炎菌などが原因となり、急速に悪化し、重い後遺症を残すことがあります。
- 真菌性・寄生虫性神経疾患: 免疫力が低下した患者さんに見られることが多く、クリプトコッカス髄膜炎やトキソプラズマ脳症などがあります。
- プリオン病: クロイツフェルト・ヤコブ病など、異常プリオン蛋白によって引き起こされる進行性の神経変性疾患で、感染性も指摘されています。
診断と治療のポイント
感染性神経疾患の診断は、発熱、頭痛、意識障害、けいれんなどの症状に加え、髄液検査、MRI検査、血液検査、脳波検査などを総合して行われます。特に髄液検査は、病原体の特定や炎症の程度を評価する上で非常に重要です。
治療は、原因となる病原体によって異なります。ウイルス性感染症には抗ウイルス薬(例: ヘルペス脳炎に対するアシクロビル)、細菌性感染症には抗生物質が用いられます。真菌性感染症には抗真菌薬が使用されます。これらの治療は、発症後できるだけ早く開始することが求められます。臨床現場では、発熱と意識障害を伴って救急搬送される患者さんを多く診察します。特に、ヘルペス脳炎のような重篤な疾患では、診断が確定する前から抗ウイルス薬の投与を開始するなど、迅速な対応が求められます。日々の診療では、「急な発熱と意識の変調」を訴えて受診される方が増えており、感染性神経疾患の可能性を常に念頭に置いて診療にあたっています。また、近年では呼吸器ウイルス感染症が中枢神経系の自己免疫疾患を引き起こす可能性も指摘されており、感染症後の神経症状にも注意が必要です[4]。
感染性神経疾患の予防策
一部の感染性神経疾患は予防が可能です。例えば、日本脳炎やインフルエンザ菌による髄膜炎はワクチン接種によって予防できます。手洗いやマスク着用といった基本的な感染対策も、感染リスクを低減するために重要です。
最新コラム・症例報告から学ぶ免疫性神経疾患
免疫性神経疾患の分野は、病態解明や治療法の進歩が著しく、常に最新の知見が更新されています。ここでは、最近のコラムや症例報告から、特に注目すべきトピックをいくつかご紹介します。
自己免疫性脳炎の診断と治療の進歩
自己免疫性脳炎は、自己抗体が脳の神経細胞やシナプスに作用することで生じる疾患群です。近年、様々な自己抗体が発見され、疾患の多様性が明らかになってきました。例えば、抗NMDA受容体脳炎は、精神症状、けいれん、運動異常などを特徴とし、若い女性に多く見られます。抗LGI1脳炎や抗GABAB受容体脳炎なども知られています。これらの疾患は、早期に診断し、免疫療法を行うことで、良好な回復が期待できる場合があります。画像診断の進歩も目覚ましく、MRI検査が診断に果たす役割は非常に大きいとされています[1]。筆者の臨床経験では、当初「精神疾患」と診断されていた患者さんが、詳細な神経学的検査と抗体検査の結果、自己免疫性脳炎と判明し、免疫療法によって劇的に改善されたケースを経験しています。このような症例は、鑑別診断の重要性を改めて示しています。実際の診療では、非特異的な精神症状やけいれんで受診される患者さんに対し、自己免疫性脳炎の可能性も考慮して検査を進めることが増えています。
抗GAD抗体関連神経症候群の多様性
グルタミン酸脱炭酸酵素(GAD)に対する自己抗体(抗GAD抗体)は、様々な神経学的症候群と関連することが知られています。最もよく知られているのは、スティッフパーソン症候群という稀な疾患ですが、小脳失調、てんかん、辺縁系脳炎など、多岐にわたる病態を引き起こすことが報告されています[2]。抗GAD抗体関連疾患は、診断が難しい場合が多く、症状の多様性から見逃されることもあります。しかし、適切な免疫療法が有効である可能性があり、抗体検査の重要性が高まっています。臨床経験上、抗GAD抗体陽性の患者さんでは、症状の個人差が非常に大きいと感じています。ある患者さんは難治性のてんかん発作で、別の患者さんは進行性の小脳失調で受診されましたが、どちらも抗GAD抗体陽性でした。このような多様な症状を呈する疾患では、抗体検査を積極的に行うことが、診断への近道となります。
COVID-19と神経疾患の関連
COVID-19パンデミック以降、SARS-CoV-2ウイルス感染が様々な神経症状や神経疾患を引き起こすことが報告されています。急性期の脳炎、ギラン・バレー症候群、脳梗塞、そして長期的な後遺症としての「ブレインフォグ」や疲労感など、その影響は広範囲に及びます。ウイルス感染が直接神経細胞を障害するだけでなく、過剰な免疫反応が神経系に影響を与えるメカニズムも考えられています。このような感染症と自己免疫反応の関連は、今後の研究でさらに解明されることが期待されます[4]。外来診療では、COVID-19罹患後に記憶力低下や集中力低下を訴えて受診される患者さんが増えており、これらの症状に対する適切な評価とサポートが求められています。
| 疾患タイプ | 主な原因 | 代表的な症状 | 治療アプローチ |
|---|---|---|---|
| 多発性硬化症 | 自己免疫(脱髄) | 視力障害、しびれ、脱力、歩行障害 | ステロイド、疾患修飾療法(DMT) |
| 重症筋無力症 | 自己免疫(神経筋接合部) | 眼瞼下垂、複視、嚥下障害、全身筋力低下 | コリンエステラーゼ阻害薬、免疫抑制剤、胸腺摘除術 |
| ウイルス性脳炎 | ウイルス感染(例: ヘルペスウイルス) | 発熱、頭痛、意識障害、けいれん | 抗ウイルス薬 |
| 細菌性髄膜炎 | 細菌感染(例: 肺炎球菌) | 発熱、項部硬直、意識障害、頭痛 | 抗生物質 |
まとめ

免疫性・感染性神経疾患は、神経系の様々な部位に影響を及ぼし、多岐にわたる症状を呈する疾患群です。多発性硬化症や重症筋無力症といった自己免疫性神経疾患は、早期診断と疾患修飾療法によって病状の進行を抑制し、生活の質を維持することが可能です。一方、感染性神経疾患は、ウイルスや細菌などによって引き起こされ、発症後の迅速な診断と適切な治療が、重篤な後遺症を防ぐ上で極めて重要となります。近年、自己免疫性脳炎や抗GAD抗体関連神経症候群など、新たな疾患概念の確立や診断・治療法の進歩が目覚ましく、より多くの患者さんが適切な医療を受けられるようになっています。神経症状に気づいた場合は、速やかに神経内科専門医を受診し、正確な診断と適切な治療を受けることが大切です。
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- Francesco Sanvito, Anna Pichiecchio, Matteo Paoletti et al.. Autoimmune encephalitis: what the radiologist needs to know.. Neuroradiology. 2024. PMID: 38507081. DOI: 10.1007/s00234-024-03318-x
- Maëlle Dade, Giulia Berzero, Cristina Izquierdo et al.. Neurological Syndromes Associated with Anti-GAD Antibodies.. International journal of molecular sciences. 2021. PMID: 32456344. DOI: 10.3390/ijms21103701
- Jonathan Cleaver, Katie Jeffery, Paul Klenerman et al.. The immunobiology of herpes simplex virus encephalitis and post-viral autoimmunity.. Brain : a journal of neurology. 2024. PMID: 38092513. DOI: 10.1093/brain/awad419
- N V Skripchenko, G F Zheleznikova, L A Alekseeva et al.. [Autoimmune diseases of central nervous system and respiratory viral infections in children].. Zhurnal nevrologii i psikhiatrii imeni S.S. Korsakova. 2025. PMID: 39930675. DOI: 10.17116/jnevro202512501139
- アンチレクス(テンシロン)添付文書(JAPIC)
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