- ✓ 垂れた乳房を持ち上げ、乳腺組織や乳頭を本来の位置に再固定する「乳房挙上術(マストペクシー)」の解説です。
- ✓ 下垂の程度(Regnault分類)や傷跡の許容量に応じて、乳輪周囲切開法や垂直切開法など最適な術式を選択します。
- ✓ 美しい仕上がりを長期に維持するには、術後の正しい圧迫固定と喫煙管理などのアフターケアが極めて重要です。
乳房挙上術(マストペクシー)とは?垂れた胸を持ち上げる手術の基本
乳房挙上術(マストペクシー)は、加齢や授乳などの要因によって下垂(下方に垂れ下がること)した乳房を、本来の若々しい位置へと引き上げて固定する外科手術です。皮膚のたるみを取り除くだけでなく、乳腺組織の再配置と乳頭・乳輪の挙上を同時に行い、美しい立体的なバストラインを再構築します。
乳房挙上術(マストペクシー:Mastopexy)は、美容外科および再建外科において非常に重要で確立された手術です[1]。年齢を重ねたり、妊娠・授乳などのライフイベントを経たりする中で、バストの形状変化に悩む方は少なくありません。乳房挙上術は、余分に伸びてしまった皮膚を切除し、下がってしまった乳頭・乳輪の位置を上方に移動させるとともに、平坦化した乳腺組織自体を上方に吊り上げて胸壁に固定する治療法です[4]。
この手術の最大の特徴は、シリコンインプラントや脂肪注入などの「ボリュームを追加する手術」とは異なり、自分自身の既存の組織を再配置してバストの美しさを取り戻すという点にあります。もちろん、ボリューム自体が著しく減少している場合には、乳房挙上術と同時にインプラント挿入を併用する「アグメンテーション・マストペクシー」を検討することも一般的です。
- 乳房挙上術(マストペクシー)
- 伸びた皮膚と乳腺組織を再編成し、下垂した乳頭・乳輪の位置を適切な高さに引き上げる外科手術。
- 乳房下垂(プトーシス)
- 乳房組織が重力や組織の変性により下方に垂れ下がること。乳頭が乳房下溝(アンダーバストのライン)と同等か、それより下に位置する状態を指す。
乳房下垂のレベルはどう判定する?
乳房の下垂度合いを客観的に評価するために、臨床現場では「Regnault(ルノー)の分類」が世界的な基準として広く用いられています[1]。ご自身の胸がどのグレードに該当するかを知ることは、最適な手術アプローチ(術式)を決定するための重要な出発点となります。
Regnault分類は、乳頭(チクビ)の位置と、乳房下溝(アンダーバストの折り返しライン)の位置関係によって以下の4つに分類されます:
- 軽度下垂(Grade I): 乳頭が乳房下溝のレベル(同じ高さ)まで下がっているが、乳房の大部分はまだその上にある状態。
- 中等度下垂(Grade II): 乳頭が乳房下溝より1〜3cm下にあり、乳房の最下部(底面)よりは上にある状態。
- 重度下垂(Grade III): 乳頭が乳房下溝より3cm以上下にあり、さらに乳房の最下部に位置し、完全に下を向いている状態。
- 偽下垂(Pseudoptosis): 乳頭自体は乳房下溝より高い位置にとどまっているが、乳腺組織の下半分が重力で下がり、アンダーバストのラインに被さっている状態。
なぜ胸は垂れるのか?乳房下垂が起こる原因
乳房の下垂は、単なる皮膚の老化だけでなく、乳房を支える内部の支持組織の弱体化や、乳腺ボリュームの急激な変化によって生じます。主な原因として、加齢による組織の萎縮、妊娠・授乳、急激な体重減少などが挙げられます。
日常診療では、特に「妊娠前はハリがあったのに、授乳を終えてから胸の上半分がそげてしまい、ブラジャーのカップが余るようになった」と切実に訴える患者さんが多く見られます。実際の診察においても、授乳を契機に乳腺組織が急速に萎縮した一方で、引き伸ばされた皮膚だけが元に戻らず、重力によって乳頭ごと下方に引っ張られているケースを非常に多く経験します。このように一度伸びてしまった支持組織は、残念ながら大胸筋のトレーニングといったセルフケアだけで根本的に改善することは困難です。
1. 乳房支持組織「クーパー靭帯」の伸び
乳房は、大胸筋を覆う筋膜と皮膚を結ぶ網目状の結合組織である「クーパー靭帯(Cooper’s ligaments)」によって支えられています。クーパー靭帯はいわば乳房の「サスペンション」のような役割を果たしていますが、ゴムのように元に戻る強い弾力があるわけではありません。一度強い力や重みで過度に引き伸ばされたり、断裂したりすると、元の長さに戻ることはありません。重力や運動による揺れが長年蓄積されることで、クーパー靭帯は徐々に伸び、乳房全体の支持力が失われて下垂を招きます。
2. 加齢と女性ホルモンの減少
年齢とともに女性ホルモン(エストロゲン)の分泌量が減少すると、乳房を構成する「乳腺組織」が縮小(萎縮)し、代わりに脂肪組織の割合が増加します。乳腺組織に比べて脂肪組織は柔らかく、形を保つ力が弱いため、乳房全体のハリが失われやすくなります。また、皮膚自体のコラーゲンやエラスチンの減少も重なり、皮膚の伸縮性が低下して垂れ下がりが進行します。
3. 急激な体重減少(ダイエット)
短期間に劇的な減量を行うと、乳房の大部分を占める脂肪組織が急激に失われます[1]。しかし、脂肪を包んでいた周囲の皮膚や支持組織は、短期間で同じように縮むことができません。その結果、中身が抜けた風船のようになり、余った皮膚が重力によって下方に垂れ下がってしまいます。
乳房挙上術(マストペクシー)の術式比較:傷跡と効果の違い
乳房挙上術には、皮膚を切開する範囲やアプローチ方法によって複数の術式が存在し、それぞれ傷跡の残りにくさや挙上効果の大きさが異なります。下垂のグレードや、余剰皮膚の量、患者様の傷跡に対する許容度を総合的に判断して術式を選択します。
実際の診療では、多くの患者様が「どれくらい傷跡が残るのか」という点に最も強い不安を抱かれています。そのため、術前のカウンセリングでは、術式ごとの傷跡の経過写真や図を用いて視覚的に理解しやすいよう説明し、不必要な広範囲切開を避けるようにしています。重度の下垂に対しては十分な皮膚切除が必要なため、傷跡が長くなる傾向がありますが、軽度〜中等度の下垂に対しては、傷跡を最小限に抑える「リミテッドスカー(限定的切開法)」のアプローチを第一に検討することが臨床現場では重要なポイントになります[3]。
代表的な3つの術式
乳房挙上術の代表的なアプローチには、切開線の位置に応じて以下の3種類があります[4]。
- 乳輪周囲切開法(ドーナツ挙上術 / ペリアレオーラ)
乳輪の外周に沿ってドーナツ状に皮膚を切り取り、中心に向かって皮膚を寄せるようにして縫合する術式です。傷跡が乳輪の輪郭(色の境界線)に一致するため、時間の経過とともに非常に目立ちにくくなるのが最大のメリットです。ただし、引き上げられる皮膚の量に限界があるため、軽度の下垂(Grade I)や、偽下垂の症例に適しています。 - 垂直切開法(バーティカルマストペクシー)
乳輪の周囲を円形に切開し、そこから乳房の下部に向かって垂直に1本の切開線を加える術式です。余分な皮膚を横方向と縦方向の双方からバランスよく切除できるため、中等度(Grade II)から一部の重度(Grade III)の下垂に対して優れた挙上効果を発揮します[3]。傷跡は乳首の下に縦に1本残りますが、時間をかけて目立ちにくくなります。 - 逆T字切開法(アンカーマストペクシー / 錨型切開法)
乳輪周囲、垂直ラインに加え、乳房の下の折り返し線(乳房下溝)に沿って水平に切開を加える古典的かつ強力な方法です。最も皮膚を多く切除できるため、極度に垂れ下がった重度下垂(Grade III)や、乳房が非常に大きいために下垂している「巨乳症」に対する乳房縮小術を同時に行う場合に不可欠な術式です。傷跡は最も大きくなりますが、乳房の立体的なカーブを再構築する能力に優れています。
| 術式名 | 適応となる下垂度 | 傷跡の範囲 | メリット |
|---|---|---|---|
| 乳輪周囲切開法 | 軽度(Grade I) / 偽下垂 | 乳輪の境界線のみ | 傷跡が最も目立ちにくい。 |
| 垂直切開法 | 中等度(Grade II)〜重度 | 乳輪周囲 + 乳房下部垂直線 | 形をシャープに整えやすく、傷が最小限。 |
| 逆T字切開法 | 重度(Grade III) / 巨乳症 | 乳輪周囲 + 垂直線 + 乳房下溝 | 最も高い挙上効果、組織の大幅切除が可能。 |
人工メッシュによる内部補強は有効か?
近年、術後に生じる「bottoming out(ボトミングアウト:乳房下部が再び重力で伸びて垂れる現象)」を防ぐため、合成メッシュや無細胞真皮(ADM: Acellular Dermal Matrix)を「内部のサスペンション」として乳房内に埋め込み、下部組織を補強するアプローチが研究されています[2]。この方法は、長期的な形状維持に寄与する可能性があると報告されている一方で、生体にとって異物を挿入することになるため、感染症のリスク、異物反応、不自然な硬さの発生といった合併症のリスクも伴います[2]。したがって、これらを採用するかどうかは、患者様の皮膚の薄さや組織の質を極めて慎重に専門医が評価した上で決定する必要があります。
乳房挙上術にリスクや副作用はある?安全性と合併症
乳房挙上術は外科的な手術であるため、術後の腫れや内出血といった一般的な経過のほか、感染や左右非対称、感覚の変化といったリスクが存在します。安全性を高め、リスクを最小限に抑えるためには、適切な術前・術後管理が欠かせません。
外来診療では、患者さまから「手術の後に、授乳ができなくなったり、感覚がなくなったりすることはありますか?」というご質問を非常によく受けます。実際、乳頭を移動させる過程で、周囲の知覚神経や乳管(母乳が通る管)に多少のダメージが及ぶことは避けられませんが、大半の術式では乳頭の血流や神経を温存するデザインが施されるため、時間とともに感覚は回復し、将来的な授乳への影響も最小限に抑えられます。ただし、個人の解剖学的特徴や治癒力によって回復スピードには大きな個人差があると感じています。
喫煙はニコチンの血管収縮作用により、手術部位(特に乳頭・乳輪)の血流を著しく悪化させます。これにより、皮膚の壊死や乳頭壊死、傷跡がケロイド化するリスクが劇的に高まります。手術を希望される方は、手術前の少なくとも4週間、手術後の4週間は「完全禁煙」を守る必要があります。
起こりうる主なリスクと合併症
乳房挙上術に伴う主なリスクは以下の通りです。
- 瘢痕の異常(ケロイド・肥厚性瘢痕): 傷跡が赤く盛り上がったり、幅広くなったりすることがあります。通常は術後3〜6ヶ月をピークに落ち着きますが、体質によってはケア(テーピングや圧迫)が必要になります[1]。
- 乳頭・乳輪の知覚異常(感覚鈍麻): 神経が一時的に機能低下を起こし、触った感覚が鈍くなることがあります。一般的には3ヶ月から1年程度をかけて徐々に改善しますが、稀に一部の感覚低下が残ることがあります[4]。
- 血腫(けっしゅ)と感染: 術後に切開部の内部で出血が起こり血の塊が溜まること(血腫)や、細菌感染が生じることがあります。これらを防ぐために、術後に細い管(ドレーン)を数日間留置し、不要な血液や浸出液を対外に排出させる対策をとるのが一般的です。
- Bottoming out(再下垂): 時間の経過に伴い、乳房組織が再び重力に負けて下垂し、乳頭が上向きに変形してしまう現象です。術後の組織を適切にアンカー(固定)する高度な縫合技術が求められます[2]。
術後の経過とダウンタイムはどう過ごす?
乳房挙上術のダウンタイムは、一般的に1〜2週間程度で初期の痛みが引き、1ヶ月で日常生活の制限がほぼ解除されます。ただし、手術の完成形(最終的な仕上がり)になるまでには3〜6ヶ月程度の時間が必要です。
実際の経過観察の場では、術後1週間程度の検診時に「痛みのピークは最初の2〜3日だけで、思ったより早く動けるようになった」と言われる方が多いです。フォローアップの際には、手術の傷跡に過度なテンション(引っ張る力)がかかっていないか、内出血の吸収が順調か、そして着用している医療用ブラジャーが正しくバストをホールドできているかを細かくチェックします。術後のダウンタイム期間中、美しい形を定着させるためには、医師の指示通りに正しい制限を守って過ごすことが何よりの近道となります。
術後経過のスケジュール
標準的な経過の目安は以下の通りです。
- 手術当日〜翌日: 麻酔が切れると痛みが生じるため、鎮痛薬を適切に使用します。乳房の緊満感や腫れ、内出血が見られます。翌日以降にドレーン(血抜き用の管)を抜去することが多いです。
- 術後3〜5日目: シャワー浴が段階的に許可されますが、胸部を強くこすったり直接シャワーを当てたりすることは避けます。
- 術後1週間(抜糸): 切開部分の抜糸が行われます。この頃には日常生活の大半の動作(家事など)は問題なく行えるようになります。
- 術後1ヶ月: 腫れの大部分が引き、内出血の跡も消失します。胸の形が少しずつ馴染んできます。
- 術後3〜6ヶ月: 傷跡の赤みが薄いピンク色から白っぽい線へと変化していき、硬さのあった乳房が自然な柔らかさに落ち着きます。
仕事や運動はいつから再開できる?
日常生活や趣味の再開目安については、体への負担を考慮して慎重に行う必要があります。
- オフィスワーク・軽い事務作業: 術後4〜5日目から復帰を検討できます。
- 立ち仕事・力仕事: 腕を大きく動かしたり重い荷物を持ったりする仕事は、術後2週間〜3週間経過してからを推奨します。
- スポーツ: 軽い有酸素運動(ウォーキングなど)は術後2週間から可能ですが、胸が大きく揺れる運動(ランニング、ジャンプ、テニスなど)や、胸筋を強く使うウエイトトレーニングは、術後1ヶ月から1.5ヶ月ほど空け、必ずしっかりとホールドできるスポーツブラを着用して行ってください。
まとめ
乳房挙上術(マストペクシー)は、重力や経年変化、妊娠・授乳などによって下垂してしまった乳房を、ご自身の組織を活かして若々しく上向きの美しい形状へと再建する手術です。乳房下垂の重症度を分類するRegnault基準に基づき、傷跡を最小限に抑える乳輪周囲切開法から、より強力なリフトが可能な垂直・逆T字切開法まで、適した術式を選択することが大切です。また、術後の仕上がりの美しさを長持ちさせるためには、経験豊富な専門医による緻密な内部固定の手術だけでなく、禁煙の徹底や適切な医療用サポートブラの着用といった、術後のアフターケアを誠実に守ることが極めて重要なポイントとなります。バストの下垂にお悩みの方は、リスクや経過も含めて一度信頼できる医師に相談することをお勧めいたします。
よくある質問(FAQ)
- Toomey AE, Cape JD, Sisti A, et al. Mastopexy (Breast Lift). Acta Chir Plast. 2024. PMID: 39808049. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39808049/
- Atiyeh B, Ghieh F, Chahine F, et al. Ptosis and Bottoming out Following Mastopexy and Reduction Mammoplasty. Is Synthetic Mesh Internal Breast Support the Solution? A Systematic Review of the Literature. Aesthetic Plast Surg. 2022. PMID: 34297171. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34297171/
- Rohrich RJ, Thornton JF, Jakubietz RG, et al. The limited scar mastopexy: current concepts and approaches to correct breast ptosis. Plast Reconstr Surg. 2005. PMID: 15509961. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15509961/
- Hidalgo DA, Spector JA. Mastopexy. Plast Reconstr Surg. 2013. PMID: 24076713. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24076713/







